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味方の船と馬を海の中へ乗り入れた敦盛は、直実に呼び止められて引き返す場面。直実は若き敦盛のつぼみの身を惜しみながらも後ろに友軍の近づいてきたのを知り、身ら敦盛の首を掻き取っている。
 
本所松坂町吉良邸から本懐を遂げ、亡君の眠る泉岳寺に向け引き揚げる所。馬を急がせやってきた伊達右京亮が、義士一人一人に声をかけ労をねぎらう。
 
天正十一年(1583年)。羽柴秀吉は、7万5千の兵を率い、賤ヶ嶽の麓に出陣し、柴田勝家軍と合戦する。賤ヶ嶽の合戦における柴田勝家勢の家臣浅井吉兵衛の奮迅で序盤線は豊臣軍を圧倒する。しかし、秀吉軍の大返しにより、勝家の弟勝政隊が余呉湖畔で追撃され、劣勢にたたされるが、それを盛り返すべく柴田勢の猛将、鬼玄藩と異名で知られた佐久間玄藩盛政は、四方に軍勢を出し手薄となった秀吉本陣に鉄棒を振り上げ大声を上げて単騎乗り込み、秀吉に肝を冷やさしめるほど激戦を展開したが討ち損じ、本体の反撃を受け敢え無く賤ヶ嶽に討死となる。