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木曽義仲は京都で敗れ近江に追撃され、今は、主従わずか十三騎となる中に只一騎 緑なす神に鉢巻をし、駿馬に誇り長柄の薙刀抱き込んだ木曽義仲愛妾巴御前 群がる敵を蹴散らし、畠山勢は、崩れを打って逃げる。その姿はまさに鬼神その物であった。
 
「時は元禄十五年十二月十四日、江戸の夜風をふるわせて、響くは山鹿流儀の陣太鼓・・・」火消し装束に身を固めた赤穂浪士が主君の 仇を討つべく吉良邸へと討ち入った。吉良側の剣客清水一学は、庭の泉水の架橋の上で片岡源五右衛門、竹林唯七、菅谷半之丞、不破数右衛門の浪士四人を相手に大小二刀を以て雪中で奮戦するが、橋の後ろにいた不破数右衛門に切り倒され最期を遂げる。
 
 5月6日の午前0時頃、大坂方の先鋒・後藤又兵衛は道明寺方面に進発、小松山を占拠する。そこには、同じく徳川の先鋒・水野勝成の大軍が展開していた。早朝、両軍は動く。しかし徳川方の先陣・奥田忠次、松倉重政は後藤又兵衛の猛反撃を受けた。奥田忠次は戦死、松倉隊も全滅の危機に陥ったが、勝成の本隊と堀直寄(ほり なおより)の援護を受け、なんとか後退する。徳川軍は小松山に迫り、後藤勢を圧倒。伊達隊の将・片倉重長は、激しい銃撃戦を展開する。又兵衛はなおも抵抗を続けたが、大量の銃弾を浴び戦死した。8時間に及ぶ激闘だったという。
 又兵衛が戦死した頃、ようやく後続部隊の薄田兼相隊が到着する。兼相は奮戦をしたが、徳川の先鋒隊はこれも破った。兼相も戦死する。